2013年12月24日 星期二

在靜遊之園,與大家分享。_林文雄

物有靈,人有情。物帶著姿態、神韻、意境與氣質而來,而我回以善待保存之心。草山玉溪園,不求驚人動地,但願能潤澤人心。而如果它還能造出一條輕柔之徑,引大家回看歷史,懷想前塵,甚至只是靜下來聽聽鳥叫蟲鳴,那也算功德圓滿了。
各位,我與我的文物們,在此歡迎大家。

 

走到晚年,圓一個夢/ 收藏者 林文雄


人走到晚年,往前看,往後看,都不免有點悵然。已逝的,再精彩,也是過了;未來的,再燦爛,體力有限。那麼,站在這個如夕陽般的人生點上,往前或是往後看,就不重要了。重要的應該是 「現在我還想做些什麼?」。我想做的是分享我的收藏。




我收藏石頭,為數不少,歷時不短,初初只是單純的喜歡,後來發現石頭的質感反映出我的某些個性,有樸、有穩、有溫,亦有霸。或許眼尖之人從我收藏的物件形象跟表情,都能看出一二。

 

我的石頭樂園,反映我的內心風景;因此,各位到本園一遊時,其實是參訪了我的心中之境。憨厚的小獅子、霸氣威風的神獸、溫沉靜謐的達摩、慈祥莊嚴的佛像,甚至是園林中那些你們似見非見的動物們,說穿了,都是我。若不是因為一種與其初見時的呼應感,它們也不會來到這個園裡。我用了晚年的心力與時間,將它們集合起來,列隊排好,還打造一個空間,讓它們在此歡迎大家。






 

 

2013年8月18日 星期日

石秤錘/ 石秤錘/ Stone Weight



在磅秤被發明前,石秤錘是先民日常生活中的必備工具,因為它不只能秤斤掂兩,也是人們心中公認的ㄧ把尺,是商賈良心的象徵。

據史料記載,早在春秋時期秤錘就已是民間必需品;它的材質多樣,有銅、鐵與陶瓷,而其中又以石秤錘最為常見。起初人們只是單純用它來測量輕重。後來隨著石刻工藝發展,有些人漸漸開始重視起這些石秤錘的造型,甚至還出現了專門製作秤錘的匠師... ...
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重量計が発明される前、石の分銅は先人たちの日常生活になくてはならない道具でした。それは物の重さを量るだけではなく、人の心も量るものだとされ、商売における良心の象徴でもありました。

史料によれば、早くも春秋時代には、既に分銅は人々の必需品となっており、銅、鉄、陶など様々な素材で作られていましたが、中でも多かったのが石の分銅でした。はじめは単に重さを量るために使われていましたが、のちに石の彫刻工藝の発展に伴って、石の分銅のかたちを重視する人たちが現れ、専門の分銅職人すら登場するようになりました... ...
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In ancient China, stone weights were a necessity in daily life.
Literally as an object for measuring, but also as a metaphor in weighing people’s heart and symbolizing good conscience in doing business.

According to Shi Ji – Records of the Grand Historian, the usage of weights were commonly seen among general public as early as 770 B.C. Weights came in various materials such as copper, iron and ceramics. Among them all, stone weights were most conventional.
In the beginning, weights were only used for measuring, but with advanced skills of stone making, the craftsmanship of the stone weights became more sophisticated and received greater recognition. Due to its refinement and sophistication, people started paying closer attention to the design of stone weights and led many artisans to specifically focus on making stone weights... ... 

東漢坐佛/ 東漢坐仏/ Sitting Buddha of Eastern Han



佛教其實早在西元一世紀的東漢就傳入中國了。當時有這麼一個傳說──某夜,東漢明帝夢見一位身高一丈六尺的大神,頸項背上都閃著耀眼奪目的金光,在殿庭上飛翔。第二天,明帝一醒來,就問遍群臣,想弄清他夢中的金神究竟是何方神聖... ...
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仏教は西暦一世紀の東漢時代に早くも中国に伝来していました。その当時についての、このような伝説があります。――ある夜、東漢の明帝は、夢で身長が一丈六尺もある神を見ました。それは首や背を目も眩むほどに光り輝かせながら、宮殿の庭の上を飛び回っていたのです。翌日、明帝は目覚めるとすぐさま家臣たちに、夢で見た金色の神は一体何者だったのだろうかと尋ねました... ...
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Buddhism was introduced in China as early as 100 A.D.
The Legend says, one night the emperor Ming of Eastern Han Dynasty dreamt of a 12-feet tall deity with rays of golden beam shinning from his back, flying across the palace. The Emperor woke up the next day and asked his ministers if they heard of such story... ...

2013年8月14日 星期三

交通資訊/ 交通について/ Transportation


地 點|台北市士林區仰德大道二段91號
公 車|劍潭捷運站一號出口左側搭乘  紅5303小15小16小17
    台北車站北二門搭乘260,東湖站搭乘681於「永嶺」下車,
    往上至100巷口,左側即是。
開 車|請於仰德大道二段100巷(永明寺), 巷中停車。
    週末與連續假日仰德大道上山,有自用客車交通管制,上午8點至下午3點止。
    可改搭公車或計程車上山,詳情請見交通局網頁

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場 所|陽明山仰德大道二段91號
地 図|Google マップ
バ ス|永嶺(ヨン  リンー)
    捷運淡水線(赤線)剣潭駅1番出口を左折、
    陽明山行きバス(
紅5303小15小16小17)に乗車、「永嶺」バス停下車。
    進行方向歩いて30秒で右手にStudio94、向かい側にGarden91が見つかります。

お車で|お越しの場合は、仰徳大道二段100巷「永明寺」標識手前を右折、
    路地内に停車してください。


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Address|No.91, Sec. 2, Yangde Blvd., Shilin Dist., Taipei City 111Map|Google Map

  By Bus  |Yong Ling 永嶺
     MRT staion "Jian-tan"(劍潭) Exist 1st, turn left. 
     Take bus R5, S15, S16, S17 towards Yangmingshan,
     get off at "Yong Ling" (永嶺).
     Walk uphill towards Lane100, across the street 
and you will see Garden 91.

  By Car  |Drive alone Yangde Blvd. 
      Sec. 2, turn right when you see the sign for Lane100, 
      and park along the lane.
      Non-residents' cars are not allowed during the weekends.
      Public transportation is recommended. 

2013年8月13日 星期二

Garden 91 ご案内



Garden91草山玉溪園は、陽明山の中腹にたたずむ石の庭園です。

創設者の林文雄が彼の両親に感謝の意を表して、また、皆様とコレクションを共有するために開園いたしました。

石たちのもつ故事やいわれ、園内をめぐると聞こえる虫の声、空を流れる雲、ゆっくりと呼吸する観音山と淡水河、そして、夕暮れ時の壮大な天空と室内に繰り広がる光のドラマを、皆様とともに楽しみ、享受いたしたく思います。一瞬一瞬移ろいを魅せる空間で、静かに自分自身を再発見しませんか。









● 収蔵



お問い合わせ
電話|886-2-8771-7166  内線321 

所蔵者・林文雄のメッセージ



人は晩年になると、前を向いても、後ろを振り返っても、少々茫然としてしまうものです。過ぎ去ったものは、どんなに素敵でも終わったことでしかなく、未来がどんなに輝かしくとも、体力が及びそうにありません。人生における夕暮れのような地点に立ってみれば、前を向くか後ろを向くかは重要でなくなり、大切なのは、「今、私がまだやりたいことは何であるのか」ということになるでしょう。私がやりたいこと、それは自分のコレクションを人々と共有することです。



私の石のコレクションは多数に上り、歴史も短くありません。最初はただ好きというだけだったものが、後になって、石の質感には、素朴さや穏やかさ、温かさ、さらには覇気など、私という人間の個性が映し出されていることが次第にわかってきました。お目の鋭い方ならば、私のコレクションの形や表情から、これらの特徴を見出されることでしょう。



私が築いた石の楽園は、私の心の中の風景を映し出しています。本園へいらっしゃるということは、実は私の心の世界をお訪ねになっているということなのです。温厚な小さい獅子、威風堂々とした神獣、穏やかに黙する達磨、慈しみに満ちた荘厳な仏像、さらに園林の中にいる見えそうで見えない動物たちも、実は全部、この私なのです。もし初めて見た時の共鳴感がなければ、それらはこの園に来ることはなかったでしょう。私は人生後半の気力と時間を使って石を集め、きれいに並べ、石たちに皆様を歓迎させるような空間を作り上げました。



物には魂があり、人には情があります。物は姿や雅趣、境地や品格を持ってやってくるので、私は心を込めて取り扱うことでそれに応えます。草山玉溪園は、驚天動地とまではいかなくとも、人々の心を潤すことができたらと願っています。一筋の穏やかな道を作って、人々が歴史に目を向け、昔を懐かしく振り返ったり、さらには、鳥や虫の鳴き声にじっと耳を傾け、心を静めていただくことができたら、それでもう功徳円満だといえるでしょう。


私と私の文物たちは、ここで皆様のお越しをお待ちしています。

2013年7月28日 星期日

腳跟著地



如果,
能感受到自己時時都是在開始,
就不會有時間去妄想,或者是昏沉。

-聖嚴法師

2013年6月9日 星期日

收藏者的話 │ 林文雄


  人走到晚年,往前看,往後看,都不免有點悵然。已逝的,再精彩,也是過了;未來的,再燦爛,體力有限。那麼,站在這個如夕陽般的人生點上,往前或是往後看,就不重要了。重要的應該是 「現在我還想做些什麼?」。我想做的是分享我的收藏。

  我收藏石頭,為數不少,歷時不短,初初只是單純的喜歡,後來發現石頭的質感反映出我的某些個性,有樸、有穩、有溫,亦有霸。或許眼尖之人從我收藏的物件形象跟表情,都能看出一二。
  我的石頭樂園,反映我的內心風景;因此,各位到本園一遊時,其實是參訪了我的心中之境。憨厚的小獅子、霸氣威風的神獸、溫沉靜謐的達摩、慈祥莊嚴的佛像,甚至是園林中那些你們似見非見的動物們,說穿了,都是我。若不是因為一種與其初見時的呼應感,它們也不會來到這個園裡。我用了晚年的心力與時間,將它們集合起來,列隊排好,還打造一個空間,讓它們在此歡迎大家。
  物有靈,人有情。物帶著姿態、神韻、意境與氣質而來,而我回以善待保存之心。草山玉溪園,不求驚人動地,但願能潤澤人心。而如果它還能造出一條輕柔之徑,引大家回看歷史,懷想前塵,甚至只是靜下來聽聽鳥叫蟲鳴,那也算功德圓滿了。
  各位,我與我的文物們,在此歡迎大家。